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<現役の気持ちと身繕い>
背広を新調してしまった。「しまった」ということはやや後悔の念もあるのだが、ウェストがきつくなったり、やや型崩れしている背広を含めた20着程のなかで、ちょっと気の張る場所や仕事に出掛けるときは、やはりそれなりに服装に気をつけようと思う。それがなくなったら、さぞ気が楽になるだろう、とも考えるが、たぶんその逆だろう。人は外見で判断されるものでもないし、判断するものではないが、身は心のあらわれとも思う。気を引き締めて新調した洋服に身を包もう。

<地方の映画館>
富山市総曲輪にあるミニシアター「フォルツァ総曲輪」が休館した。高校生の頃から通った馴染みの映画館だった。上映されている映画は、大手シネマコンプレックスとはジャンルが異なっており、映画好きの私にとっては、観たいと思える映画が上映されている「地方では数少ない映画館」という印象だった。なかなか渋い印象だった。集客面で残念なのは、いつも新聞に掲載されていなかったこと。シネコンの映画は掲載されているのになぜだろう?と思っていたが、たぶん掲載するにはお金がかかるんだろう。富山市からの数千万円の助成が打ち切られ、止む無く休館に至ったようだ。最終の上映では、「百円の恋」主役の安藤サクラさんの花束が届き、感慨深いものがあった。


<国際ルール>
リオのオリンピックは、開催国ブラジルのサッカー金メダルにて無事に終了した。スポーツには薬物使用のルール違反もあるが、総じて、ルールに則ったフェアな競技が行われている。一方、国債紛争をみると、一方的にルールを作ったり、平気でルールを破る国がでている。この違いは何だろうか?と率直な疑問を感じている。国の指導者が、自国民から圧倒的な支持を得るためなのか、紛争相手国を必要以上に恐れるからなのか、領土拡張の妄想にとらわれるからなのか。理解&に苦しむ紛争が続いている。

<我が「あたわり」>
連日、朝な夕なに農作業をしている。中山間地に生まれ、兼業ではあるが家業(稲作農業)を継いで、今までやってきた。父と母が病に倒れた20歳代後半から今まで30余年、本業半分農業半分である。中山間地の稲作など原野に戻せと日経新聞に掲載されたことがあったが、その地に生まれ暮らす者にとって、そんなに簡単に切り捨てることはできない。母が生前言っていた「あたわり(与えられた役割のこと)」を強く感じつつ、自分がやるべきことを淡々としぶとくやり続けるのみである(2016.6.15)


<10日は早いな、春本番>
今年は暖冬で、桜の開花が例年より10日は早かったですね。私の場合、早春を感じる一つにタケノコや山菜の成長があります。例年、4月末からにょきにょき出てくるタケノコが、今年は、昨日の4月20日に5から6本出てきました。こんな時、すべての時間が早回りしているように感じてしまいますが、自然は必ず巻き戻しがあります。しかしながら、地球の気温は、ゆっくりと右肩上がりで上昇していることは否めません。人や動植物が住みやすい環境を維持していくことは人間の使命です。一方、環境破壊の主因が人の営みによることも明白です。脳の発達によってせっかく賢くなった「ヒト」ですから、知恵を出し合って地球を守っていかなければならないと言えます(2016.4.21)


<眉唾が増えてきたような>
今に始まったことではないのだが、最近、特に気になることがある。以前、洗剤のCMがあまりにも真っ白になるのを多くの主婦が割り引いて観ていたように、最近は、特定保健用食品に限らず、多くのCMや広告表示に誇張した表現があるようだ。特保など、私も色々試してみたが、あまり過信せず、そして煽られずに、冷静でちょっと引いた感じの姿勢が求められる(2016.3.2)

<人の一生を想う>
某家の400名余の葬儀のあとに他家の家族葬に参列した。想えば葬儀の形は変遷している。数十年前、関西での葬儀に参列した折は、ご近所を含め多くの参列があったが、同家を継がれたご主人の葬儀は家族葬的な意味合いが強く出ていた。セレモニーホールも少人数の会場へと改修を進めているようだ。参列者が大勢であれ、少人数であれ、その人が生きた証を左右するものではない。寿命の長短はあれども、人の一生は、あっという間に過ぎ去る。無心に手を合わせ合唱するのみである(2016.1.27)

<ホームページを簡素化しながら想う>

ファイナンシャル・プランナーの仕事を始めてから19年になる。今は、某学校で週2日のFP授業と、相談員として週2日程の依頼をこなしている。他の時間帯は、FP受検に向けた問題集を作ったり、傍らで不動産業務を行っている高見宅建士の相談に乗ったりというのが日常である。FP養成講座を主力にしていた時期、キャリアカウンセラーとして再就職支援に飛び回っていた時期、FP相談と提案書作成にに注力していた時期、など、色々な仕事をやってきた。懐かしい感があるが、これまでの経験を基に、社会の一員として、少しでも長くFP資格者としてやっていきたいと思う(2015.12.31)

<決断と心のエネルギー>
今日(7.9)、読売新聞の人生相談では、心療内科医の先生が、「人生の大事な決断は、心のエネルギーが低下している時にしてはいけない」と回答されていた。自分を振り返ってみると、今の仕事を始めた時は、「心のエネルギーが上昇している時」であり、当時の昂揚感を記憶している。一方、大事な決断とはいえないかもしれないが、近年、仕事上の幾つかの決断をしている時は、やや心のエネルギーが低下している時に行っている傾向があり、自省すべきと感じている。心のエネルギーは、常時、高まっているわけではなく、低下していることもあることから、低下している場合は、じっと「時」を待った方が良いのだと感じた。「心のエネルギー」について考えるひと時だった。


<テレビ番組の組み立て>
先日、「なんでもデータ」の感覚で、香川県や徳島県の世帯当たり貯蓄額が、東京に次いで、二位と三位であり、貯蓄の多さに出演者がびっくりしている番組が放映されていた(ちなみに富山県は4位)。個々のインタビューでは、5000万円や6000万円といった人が、通帳の残高を見せてもいて、レポーターが歓喜の声を上げていた。なるほど、香川や徳島の人は、みんな金持ちなんだ、と思わずため息をついてしまうが、平均という数字のトリックがあり、皆が皆、金持ちとは言いがたい。つまり、多額の貯蓄のある世帯が、平均値を引っ張っているので、人数を真っ二つで割った中央値はずいぶん下がる。また、あくまで貯蓄のある世帯のデータなので、約30%とも言われる貯蓄ゼロの世帯は含まない。番組はあくまで、視聴者を楽しませ、多チャンネルは切り替えさせない、といったテクニックを駆使しているだけのように感じた。

<弁の立つ人、朴訥な人>
橋本大阪市長は、とても雄弁な人だ。特に、近年の政治の世界では、橋本劇場の主役といっても過言ではない。信じるところをまっすぐに語り、聴衆を引き付ける。一方、雄弁さ所以に危なっかしさも感じる。弁の立つ人は、猛特訓した人か、天性の才能がある人か。私の経験から感じるのだが、話のうまい人は、次から次へと言葉が浮かび、発語もスムーズで、場合によっては酔いしれることさえある。しかし、自信過剰になり易く、時には裸の大様になる危険性を孕んでいる。一方、朴訥な人は、言葉は浮かぶが、発語に至るまでの思考経路に時間がかかり、時にはあきらめてしまうこともある。一般的に、リーダーシップは、弁の立つ人が取りやすく、朴訥な人は、いつも押され気味の人間関係を築きやすい。両方兼ね備えた人間になるのは、至難の業だ。要は、自らの性質を自覚し、朴訥であれば、一歩前に出る努力をするか、雄弁であれば、一歩引くくらいの謙虚さを持つよう気を配るか、といったところか。

<「おわび」に関する加害国と被害国の意識>
アジア・アフリカ会議で、安倍首相が「おわび」の言葉を入れなかったことに対し、韓国政府が遺憾の意を表明した。安倍首相は、あえて「おわびの言葉」を入れずに、未来志向の言葉に重きを置こうという腹だったと言える。戦争責任に対する謝罪の言葉を半永久的に言い続ける必要があるのかについては、加害国と被害国それぞれの国民感情は異なる。しかし、戦後70年の節目における演説であれば、やはり、過去の植民地支配と戦争責任の重さについて区切りとなる謝罪をした上で、未来志向の言葉へと繋いでいく必要があったのではなかろうか。現在から未来へ向かうには、常に過去と向き合う必要がある。


<北陸新幹線>
3月14日に北陸新幹線が開業し、北陸各地の行楽地は大賑わい?だが、一方で金沢の一人勝ちとか、途中駅のストロー現象を不安視する向きもある。最速の「かがやき」をもじって、「加賀屋行き」なる自嘲気味の会話が聞かれる始末。しかし、考えてみれば、停車駅の観光タイプは多いに異なる。駅周辺に兼六園などの観光地を抱える金沢市と、立山・黒部アルペンルートや五箇山の合掌集落のように自然環境を中心とした観光地を抱える富山県とは目的が異なるので、勝負はこれからといったところか。でも、正直、鼓形をデザインした金沢駅には圧倒されるのが本音といったところか。

<理屈を考えすぎない>
理屈にあっていないさまを、「理屈が通らない」とか、「道理に合わない」、「筋が通らない」と言うが、地域社会に暮らしていると、理屈を考え過ぎて、自分の理屈を通そうとしたら、人との関係がギクシャクしてしまうことがある。悪く言えば、やや窮地と感じたら「日和見的」な行動をとる。しかし、風向きを見て、形勢をうかがい、有利な方につくといった姿勢とは異なる。ちょうど中間というか、自分の考えをしっかり持ちながら、自説を説き、意見の異なる人とはあまり正面切ってぶつからない、というちょっと変わった姿勢である。以上が、自己弁護を含めた「なにをいう私の性質」である。

<ユーチューブ>
私はフォークソング世代。下宿時代に、ギター片手に口ずさんだ曲が今も忘れられない。たまたま動画サイトを見ていたら、若き日にヒットしたフォークシンガーのステージを見るに至った。私の好きな歌手は加川良。岡林信康とか吉田拓郎などはメジャーな方かもしれないので、覚えている人もいると思うが、加川良や亡くなった高田渡は、ちょっとマニアックかも。しかし、40年ぶりに聴いた彼の歌声は、私の心に浸みわたった。自分はちっとも変っていない。少しも進歩していないように思う。でもず〜と変わらず心に響く歌があった。懐かしさとともに私の半生が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

<北陸新幹線の停車駅
>
先週、北陸新幹線のダイヤが発表された。最速の「かがやき」は、当初発表では、富山と金沢に停まり、新高岡には停まらないとのことだったが、一往復の臨時列車が新高岡に停車することになった。19万人の署名が集まり陳情した結果だと思うが、JR側にしてみると、陳情を無視するわけにもいかず、「臨時列車」という落としどころでの発表になったと思う。この「臨時列車」は、利用状況をみて、あくまで「臨時」で終わるかもしれないということになる。JR側は、冷徹に、高岡市民を含む富山県の呉西地区住民に自己責任を求めたわけだ。


<日本の森林の行く末>
1992年に、富山県の神社で偶然発見された無花粉スギ。花粉症の人には朗報だが、日本の多くの山には、花粉をまき散らすスギが植えられている。スギだけではなく、ヒノキなども花粉症の原因とされているが、日本中、無花粉スギにするには、今のスギを順次伐採し、新たに無花粉スギを植えなければならない。このスギの伐採が進んでいない。東南アジアなどの安い木材が大量に輸入されているから、今では日本のスギの出る幕がない。なんと50年経った杉の大木が5,000円程しかしない、という話を聞いたことがある。私は山林の持ち主だが、父の代では、娘の嫁入り道具を杉木の伐採で用立てていた。手入れの行き届いた立山杉を見ると、植林に携わり、枝打ちや間伐材の処理、下草の刈り取りで汗を流した先代の顔が脳裏をよぎる。時代のスピードはまるで新幹線並みになった。

<地域創生の理想と現実>
地域創生大臣の石破さんは、人口が少なく過疎化が進む鳥取県の出身。人口は60万人を下回っている。中心都市となる鳥取市の人口は19万人余り。おそらく中山間地域に集落が点在しているだろう。このような日本の現状に対して、数日前、日経新聞のコラムでは、地域創生は、ヨーロッパのような都市国家を目指すべきで、50万人や100万人規模のコンパクトシティを作り、農業は、周辺の大規模農地で行い、中山間地域は、手がかからない森林や原野に戻すべきだとのこと。メディアの恐るべき理想論。いくら中山間地域と言えども、土地や農地は個人所有であるし、固定資産税だって払っている。一方、国や県が進めている農村整備には、多額のお金が使われている。自由競争を謳う一方でお金で縛る政策は、中山間地域に住み暮らす人にとって、両手・両足を反対方向から同時に引っ張られているような辛さがある。

<イノシシ被害が続出!>
これをお読みの方は、「何それ?イノシシが出るなんて余程山奥に住んでいるんですね」と思われるかもしれない。「そんな田舎の暮しをコラムに書くくらいなら、もっとFP業に力を入れなさい!」とお叱りを受けるかもしれない。でも生まれ育った土地に暮し、日々の営みを続けていると、平凡でも様々な課題に遭遇する。只今、地域の話題は、「イノシシ」。夜行性なので、正体を見たわけではない。猪突猛進というくらいだから、ロケット弾のように走り抜けるのかもしれない。捕獲用のワナには見向きもせず、山間地の水田周辺には、イノシシの爪痕がくっきり残っている。一部には電気柵を設置したが、被害が増すばかり。電気柵と被害田はこちらに。
http://www.lifeplan-labo.co.jp/colum/colum.html


<タヌキからムササビに>

ここ二ヶ月、我が家の天井裏に棲むムササビに悩まされている。今朝の4時頃には、所狭しと天井裏を駆け抜け、家族の安眠を妨げている。どこから入ってくるのか、皆目見当がつかない。ドスン、ド、ド、ド、ド、ド。私も天井裏に入り込み、何度か追い払おうとしたが、可愛い目をクリクリさせて、屋根裏伝いに軽々と逃げてしまう。ムササビは鳥ではないので、飛んでくるわけではない。近くの杉木などから滑空して、我が家の屋根に降り立つわけだ。こちらも負けじと、明け方に天井をドンドン叩いている。ムササビはびっくりして、あっちへドスドス、こっちへドスドス。あぁたまらない。なんとかして頂戴。

<防犯の意識を高めよう>

先週の土曜日から月曜日にかけて、私が住む中山間地の集落に、謎のワゴン車がグルグル巡回していた。日曜日、近所の人が何気なく声をかけたところ、志賀原発の影響調査を行っているような話をされたという。え、そんなことは聞いたことがない。事前に地元には案内をしているような話もされたという。レンタカーだった。私は、月曜に出勤しようとしたところ、我が家の前の道路をノロノロ運転。途中で止まったり、また発進したり。どうも怪しいと思い、ナンバーを控え、後を着いて行ったら、気が付いたのか、スピードを速めて、多方面へ去って行った。今日、読売の朝刊では、北陸電力が志賀原発の断層調査を富山県内でも行うという。開始は、7月9日からと書かれていた。調査開始日程の前から事前調査を行うことはないよね。最近、農機具が盗まれたり、タイヤが盗まれたり。地元住民が目を光らせることで、被害を未然に防げるのではないか、と思う。

<今年のタヌキ>
春の農作業が始まると、だいたい5時前後に起きて、朝食までの時間、水田やら畑の農作業を行うのが日課になっている。昨年も晴天続きで、水田の水溜りにオタマジャクシが集まり、それがタヌキの朝食になっていることを書いた。さて、今年は?? やはり今年もたっぷり朝食があるようだ。毎日、太ったタヌキを見るようになったから。タヌキは稲作の邪魔をしようと思っているわけではない。そこに餌があるから、食べているだけなのだ。中山間地域は、タヌキのみならず、イノシシやシカが闊歩し、農作物に被害を与える。我が集落では、今年、なんと8000メートルの電気柵を購入し、張り巡らすことになった。なんとも涙ぐましい努力である。獣害と言うが、山を切り開き、居場所をなくしたのは人間の所業である(6.6)。

<歴史小説&時代小説>
私は、時代劇の大ファンです。池波正太郎の「鬼平犯科帳」や「剣客商売」は何度観ても飽きません。そして本も読みました。今、時代劇専門チャンネルでは夜9時から「真田太平記」を放映しています。草刈正雄が20歳代の頃ですから、もう数十年前の番組なんだと思います。そして、昨晩、葉室鱗の「潮鳴り」という題名の本を読みました。妻が図書館から借りてきたのですが、正直、作家の名前を初めて知った次第です。しかし、一気に読み終え、最後は目頭が熱くなり、涙がポロリ・ポロリ。あぁ、感動や感激は、人生にとってとても素晴らしいことです(5.9)。

<交通安全週間>
地元の交通安全協会の支部役員になって二年目。今日は、小学校の交通安全教室にお呼びがかかった。自転車の乗り方、道路や信号での待ち方・渡り方、一般道での自転車走行練習など、指導員として適宜声掛けを行った。小学生を前に、指導員が紹介され、私も元気な声で「おはよう!」の挨拶。全国放送では各地の交通安全の取り組みが紹介され、幼稚園児や小学生が、元気一杯に交通安全を願っている。スピード違反で切符を切られる度に、交通安全週間を恨めしく思った私だが、小さな取組みが全国で展開されていることの「大きな意味」を知る、良い経験になった(4.15)。

<民主主義>
台湾の男性と話をする機会があった。もちろん日本語ペラペラの。それでちょっと聞いてみた。「中国本土は共産主義だが、台湾は民主主義的な政治を目指しているみたいだね?民主主義は、ベストではないかもしれないが、現在の政治体制ではベターのように言われているけど、あなたはどう思う?」 彼曰く、「共産主義も民主主義も、それぞれ主義・主張自体は、各々正しいと言えるかもしれないが、その政治体制を指導していく人が、誤った選択を行ったり、不正や賄賂といった私欲を貪ったりすることで、国自体を誤った方へ導いてしまう。結局、人、だと思います」と。30歳代前半の男性だったが、私にとっては、ちょっと目からウロコの感があった(3.25)。


<連日の二時起き>
一度見たら、また今度も。深夜の時間帯に日本人メダリストの誕生が期待されており、連日、目覚ましを鳴らして、冬季オリンピックを観ている。結果がわかっている録画放送では味気ない。オリンピックは、国別対抗戦ではなく、純粋にスポーツの祭典なのであるが、日本人が出ると熱くなる。日本の大会であれば、出身県の選手が出ると熱くなるし、同じ地域であったり、卒業した学校の後輩だったりすると更にヒートアップする。DNAに刷り込まれているみたいだ。まだ2月であるが、春を迎える爽快な気分に浸っている。19歳の羽生選手が、「自分に何ができるのだろうか」と自分を顧みる姿が印象的だった。私も自分にできることを精一杯頑張りたい。そんな想いを強くした。

<我が家の家庭臭>

朝、さっと羽織ったワイシャツから、昨夜のお鍋の匂いがプーン。加齢臭を打ち消す我が家の家庭臭である。妻の私だから言ってあげるのよ!!なぞと言われながら、ここ数年気にしていた華麗臭なる加齢臭!?石鹸ゴシゴシ、シャンプーごしごしで頑張っているが、どんな匂いか自分にわからないのが難である。ま、仕方ないが、女性を引き付ける匂いではない、ことは確かなので、安心してくれ!我が古女房。


<ウィンウィンの精神>

前職で、ウィルソンラーニング社(現ウィルソン・ラーニンク・゙ワールドライド社)から、ウィン・ウィンの精神に基づいた顧客との対話トレーニングを受け、その後、講師を担当したことがある。自社の営利だけを目的とした一方通行の営業スタイルでは、顧客満足は得られない。その後、現職で、キャリア・カウンセリングの実務研修を受け、流れがつかめたような気がする。最近感じることは、仕事や人生において、OJTが欠かせないと思う。社内(関連団体を含む)になければ、社外の研修に参加してもよい。自己研さんは生涯必要だ(12.9)。

<ホームページの移行>
ビスタのパソコンから、ウィンドウズ8のパソコンへホームページを移し終えました。20年前、私が住む旧山田村(現富山市)は、電脳村?と異名をとった程、パソコンブームに沸きました。パソコンリーダーなるボランティアを経験し、少なからず馴染んできたつもりですが、今般、ホームページビルダーの最新版を購入し、新たなパソコンに移行しようとするも四苦八苦でした。ソフト会社へ電話するも要領を得ず、対応した人には申し訳なく感じております。しかし、苦節?2ヶ月、ようやく移行を終え、感無量といったところです。やれば僕だってできる!(12.6)。

<コンビニの進化はいつまで続く>
富山市郊外の休耕地に、200mの間隔で相次ぎコンビニが出店した。以前は水田や畑地であり、老夫婦が耕作している姿を幾度となく目的している。しかし、休耕地になってから幾年が経ったであろうか。数ヶ月の間にあっという間に建設され、夜間も光り輝いている。コンビニはいつも車が停まっており、いかにも繁盛しているように見える。金融決済機能を備え、いずれは宅配や介護の分野にも広く進出していくだろう。すべてが便利になった世の中だと思う。朝食だって、昼食だって、夕食だって、多少のお金さえあれば、すぐに用意できる。しかし、人と人のつながりは希薄になっている感が否めない。親子であれ、夫婦であれ、きょうだいであれ、食卓を囲み、コタツを囲み、日常的に平凡な会話を交わし、暮らす、「家族の絆」は薄れていく(11.25)。


<決断と心のエネルギー>
今日(7.9)、読売新聞の人生相談では、心療内科医の先生が、「人生の大事な決断は、心のエネルギーが低下している時にしてはいけない」と回答されていた。自分を振り返ってみると、今の仕事を始めた時は、「心のエネルギーが上昇している時」であり、当時の昂揚感を記憶している。一方、大事な決断とはいえないかもしれないが、近年、仕事上の幾つかの決断をしている時は、やや心のエネルギーが低下している時に行っている傾向があり、自省すべきと感じている。心のエネルギーは、常時、高まっているわけではなく、低下していることもあることから、低下している場合は、じっと「時」を待った方が良いのだと感じた。「心のエネルギー」について考えるひと時だった。


<テレビ番組の組み立て>
先日、「なんでもデータ」の感覚で、香川県や徳島県の世帯当たり貯蓄額が、東京に次いで、二位と三位であり、貯蓄の多さに出演者がびっくりしている番組が放映されていた(ちなみに富山県は4位)。個々のインタビューでは、5000万円や6000万円といった人が、通帳の残高を見せてもいて、レポーターが歓喜の声を上げていた。なるほど、香川や徳島の人は、みんな金持ちなんだ、と思わずため息をついてしまうが、平均という数字のトリックがあり、皆が皆、金持ちとは言いがたい。つまり、多額の貯蓄のある世帯が、平均値を引っ張っているので、人数を真っ二つで割った中央値はずいぶん下がる。また、あくまで貯蓄のある世帯のデータなので、約30%とも言われる貯蓄ゼロの世帯は含まない。番組はあくまで、視聴者を楽しませ、多チャンネルは切り替えさせない、といったテクニックを駆使しているだけのように感じた。

<弁の立つ人、朴訥な人>
橋本大阪市長は、とても雄弁な人だ。特に、近年の政治の世界では、橋本劇場の主役といっても過言ではない。信じるところをまっすぐに語り、聴衆を引き付ける。一方、雄弁さ所以に危なっかしさも感じる。弁の立つ人は、猛特訓した人か、天性の才能がある人か。私の経験から感じるのだが、話のうまい人は、次から次へと言葉が浮かび、発語もスムーズで、場合によっては酔いしれることさえある。しかし、自信過剰になり易く、時には裸の大様になる危険性を孕んでいる。一方、朴訥な人は、言葉は浮かぶが、発語に至るまでの思考経路に時間がかかり、時にはあきらめてしまうこともある。一般的に、リーダーシップは、弁の立つ人が取りやすく、朴訥な人は、いつも押され気味の人間関係を築きやすい。両方兼ね備えた人間になるのは、至難の業だ。要は、自らの性質を自覚し、朴訥であれば、一歩前に出る努力をするか、雄弁であれば、一歩引くくらいの謙虚さを持つよう気を配るか、といったところか。

<「おわび」に関する加害国と被害国の意識>
アジア・アフリカ会議で、安倍首相が「おわび」の言葉を入れなかったことに対し、韓国政府が遺憾の意を表明した。安倍首相は、あえて「おわびの言葉」を入れずに、未来志向の言葉に重きを置こうという腹だったと言える。戦争責任に対する謝罪の言葉を半永久的に言い続ける必要があるのかについては、加害国と被害国それぞれの国民感情は異なる。しかし、戦後70年の節目における演説であれば、やはり、過去の植民地支配と戦争責任の重さについて区切りとなる謝罪をした上で、未来志向の言葉へと繋いでいく必要があったのではなかろうか。現在から未来へ向かうには、常に過去と向き合う必要がある。


<北陸新幹線>
3月14日に北陸新幹線が開業し、北陸各地の行楽地は大賑わい?だが、一方で金沢の一人勝ちとか、途中駅のストロー現象を不安視する向きもある。最速の「かがやき」をもじって、「加賀屋行き」なる自嘲気味の会話が聞かれる始末。しかし、考えてみれば、停車駅の観光タイプは多いに異なる。駅周辺に兼六園などの観光地を抱える金沢市と、立山・黒部アルペンルートや五箇山の合掌集落のように自然環境を中心とした観光地を抱える富山県とは目的が異なるので、勝負はこれからといったところか。でも、正直、鼓形をデザインした金沢駅には圧倒されるのが本音といったところか。

<理屈を考えすぎない>
理屈にあっていないさまを、「理屈が通らない」とか、「道理に合わない」、「筋が通らない」と言うが、地域社会に暮らしていると、理屈を考え過ぎて、自分の理屈を通そうとしたら、人との関係がギクシャクしてしまうことがある。悪く言えば、やや窮地と感じたら「日和見的」な行動をとる。しかし、風向きを見て、形勢をうかがい、有利な方につくといった姿勢とは異なる。ちょうど中間というか、自分の考えをしっかり持ちながら、自説を説き、意見の異なる人とはあまり正面切ってぶつからない、というちょっと変わった姿勢である。以上が、自己弁護を含めた「なにをいう私の性質」である。

<ユーチューブ>
私はフォークソング世代。下宿時代に、ギター片手に口ずさんだ曲が今も忘れられない。たまたま動画サイトを見ていたら、若き日にヒットしたフォークシンガーのステージを見るに至った。私の好きな歌手は加川良。岡林信康とか吉田拓郎などはメジャーな方かもしれないので、覚えている人もいると思うが、加川良や亡くなった高田渡は、ちょっとマニアックかも。しかし、40年ぶりに聴いた彼の歌声は、私の心に浸みわたった。自分はちっとも変っていない。少しも進歩していないように思う。でもず〜と変わらず心に響く歌があった。懐かしさとともに私の半生が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

<北陸新幹線の停車駅
>
先週、北陸新幹線のダイヤが発表された。最速の「かがやき」は、当初発表では、富山と金沢に停まり、新高岡には停まらないとのことだったが、一往復の臨時列車が新高岡に停車することになった。19万人の署名が集まり陳情した結果だと思うが、JR側にしてみると、陳情を無視するわけにもいかず、「臨時列車」という落としどころでの発表になったと思う。この「臨時列車」は、利用状況をみて、あくまで「臨時」で終わるかもしれないということになる。JR側は、冷徹に、高岡市民を含む富山県の呉西地区住民に自己責任を求めたわけだ。


<日本の森林の行く末>
1992年に、富山県の神社で偶然発見された無花粉スギ。花粉症の人には朗報だが、日本の多くの山には、花粉をまき散らすスギが植えられている。スギだけではなく、ヒノキなども花粉症の原因とされているが、日本中、無花粉スギにするには、今のスギを順次伐採し、新たに無花粉スギを植えなければならない。このスギの伐採が進んでいない。東南アジアなどの安い木材が大量に輸入されているから、今では日本のスギの出る幕がない。なんと50年経った杉の大木が5,000円程しかしない、という話を聞いたことがある。私は山林の持ち主だが、父の代では、娘の嫁入り道具を杉木の伐採で用立てていた。手入れの行き届いた立山杉を見ると、植林に携わり、枝打ちや間伐材の処理、下草の刈り取りで汗を流した先代の顔が脳裏をよぎる。時代のスピードはまるで新幹線並みになった。

<地域創生の理想と現実>
地域創生大臣の石破さんは、人口が少なく過疎化が進む鳥取県の出身。人口は60万人を下回っている。中心都市となる鳥取市の人口は19万人余り。おそらく中山間地域に集落が点在しているだろう。このような日本の現状に対して、数日前、日経新聞のコラムでは、地域創生は、ヨーロッパのような都市国家を目指すべきで、50万人や100万人規模のコンパクトシティを作り、農業は、周辺の大規模農地で行い、中山間地域は、手がかからない森林や原野に戻すべきだとのこと。メディアの恐るべき理想論。いくら中山間地域と言えども、土地や農地は個人所有であるし、固定資産税だって払っている。一方、国や県が進めている農村整備には、多額のお金が使われている。自由競争を謳う一方でお金で縛る政策は、中山間地域に住み暮らす人にとって、両手・両足を反対方向から同時に引っ張られているような辛さがある。

<イノシシ被害が続出!>
これをお読みの方は、「何それ?イノシシが出るなんて余程山奥に住んでいるんですね」と思われるかもしれない。「そんな田舎の暮しをコラムに書くくらいなら、もっとFP業に力を入れなさい!」とお叱りを受けるかもしれない。でも生まれ育った土地に暮し、日々の営みを続けていると、平凡でも様々な課題に遭遇する。只今、地域の話題は、「イノシシ」。夜行性なので、正体を見たわけではない。猪突猛進というくらいだから、ロケット弾のように走り抜けるのかもしれない。捕獲用のワナには見向きもせず、山間地の水田周辺には、イノシシの爪痕がくっきり残っている。一部には電気柵を設置したが、被害が増すばかり。電気柵と被害田はこちらに。
http://www.lifeplan-labo.co.jp/colum/colum.html


<タヌキからムササビに>

ここ二ヶ月、我が家の天井裏に棲むムササビに悩まされている。今朝の4時頃には、所狭しと天井裏を駆け抜け、家族の安眠を妨げている。どこから入ってくるのか、皆目見当がつかない。ドスン、ド、ド、ド、ド、ド。私も天井裏に入り込み、何度か追い払おうとしたが、可愛い目をクリクリさせて、屋根裏伝いに軽々と逃げてしまう。ムササビは鳥ではないので、飛んでくるわけではない。近くの杉木などから滑空して、我が家の屋根に降り立つわけだ。こちらも負けじと、明け方に天井をドンドン叩いている。ムササビはびっくりして、あっちへドスドス、こっちへドスドス。あぁたまらない。なんとかして頂戴。

<防犯の意識を高めよう>

先週の土曜日から月曜日にかけて、私が住む中山間地の集落に、謎のワゴン車がグルグル巡回していた。日曜日、近所の人が何気なく声をかけたところ、志賀原発の影響調査を行っているような話をされたという。え、そんなことは聞いたことがない。事前に地元には案内をしているような話もされたという。レンタカーだった。私は、月曜に出勤しようとしたところ、我が家の前の道路をノロノロ運転。途中で止まったり、また発進したり。どうも怪しいと思い、ナンバーを控え、後を着いて行ったら、気が付いたのか、スピードを速めて、多方面へ去って行った。今日、読売の朝刊では、北陸電力が志賀原発の断層調査を富山県内でも行うという。開始は、7月9日からと書かれていた。調査開始日程の前から事前調査を行うことはないよね。最近、農機具が盗まれたり、タイヤが盗まれたり。地元住民が目を光らせることで、被害を未然に防げるのではないか、と思う。

<今年のタヌキ>
春の農作業が始まると、だいたい5時前後に起きて、朝食までの時間、水田やら畑の農作業を行うのが日課になっている。昨年も晴天続きで、水田の水溜りにオタマジャクシが集まり、それがタヌキの朝食になっていることを書いた。さて、今年は?? やはり今年もたっぷり朝食があるようだ。毎日、太ったタヌキを見るようになったから。タヌキは稲作の邪魔をしようと思っているわけではない。そこに餌があるから、食べているだけなのだ。中山間地域は、タヌキのみならず、イノシシやシカが闊歩し、農作物に被害を与える。我が集落では、今年、なんと8000メートルの電気柵を購入し、張り巡らすことになった。なんとも涙ぐましい努力である。獣害と言うが、山を切り開き、居場所をなくしたのは人間の所業である(6.6)。

<歴史小説&時代小説>
私は、時代劇の大ファンです。池波正太郎の「鬼平犯科帳」や「剣客商売」は何度観ても飽きません。そして本も読みました。今、時代劇専門チャンネルでは夜9時から「真田太平記」を放映しています。草刈正雄が20歳代の頃ですから、もう数十年前の番組なんだと思います。そして、昨晩、葉室鱗の「潮鳴り」という題名の本を読みました。妻が図書館から借りてきたのですが、正直、作家の名前を初めて知った次第です。しかし、一気に読み終え、最後は目頭が熱くなり、涙がポロリ・ポロリ。あぁ、感動や感激は、人生にとってとても素晴らしいことです(5.9)。

<交通安全週間>
地元の交通安全協会の支部役員になって二年目。今日は、小学校の交通安全教室にお呼びがかかった。自転車の乗り方、道路や信号での待ち方・渡り方、一般道での自転車走行練習など、指導員として適宜声掛けを行った。小学生を前に、指導員が紹介され、私も元気な声で「おはよう!」の挨拶。全国放送では各地の交通安全の取り組みが紹介され、幼稚園児や小学生が、元気一杯に交通安全を願っている。スピード違反で切符を切られる度に、交通安全週間を恨めしく思った私だが、小さな取組みが全国で展開されていることの「大きな意味」を知る、良い経験になった(4.15)。

<民主主義>
台湾の男性と話をする機会があった。もちろん日本語ペラペラの。それでちょっと聞いてみた。「中国本土は共産主義だが、台湾は民主主義的な政治を目指しているみたいだね?民主主義は、ベストではないかもしれないが、現在の政治体制ではベターのように言われているけど、あなたはどう思う?」 彼曰く、「共産主義も民主主義も、それぞれ主義・主張自体は、各々正しいと言えるかもしれないが、その政治体制を指導していく人が、誤った選択を行ったり、不正や賄賂といった私欲を貪ったりすることで、国自体を誤った方へ導いてしまう。結局、人、だと思います」と。30歳代前半の男性だったが、私にとっては、ちょっと目からウロコの感があった(3.25)。


<連日の二時起き>
一度見たら、また今度も。深夜の時間帯に日本人メダリストの誕生が期待されており、連日、目覚ましを鳴らして、冬季オリンピックを観ている。結果がわかっている録画放送では味気ない。オリンピックは、国別対抗戦ではなく、純粋にスポーツの祭典なのであるが、日本人が出ると熱くなる。日本の大会であれば、出身県の選手が出ると熱くなるし、同じ地域であったり、卒業した学校の後輩だったりすると更にヒートアップする。DNAに刷り込まれているみたいだ。まだ2月であるが、春を迎える爽快な気分に浸っている。19歳の羽生選手が、「自分に何ができるのだろうか」と自分を顧みる姿が印象的だった。私も自分にできることを精一杯頑張りたい。そんな想いを強くした。

<我が家の家庭臭>

朝、さっと羽織ったワイシャツから、昨夜のお鍋の匂いがプーン。加齢臭を打ち消す我が家の家庭臭である。妻の私だから言ってあげるのよ!!なぞと言われながら、ここ数年気にしていた華麗臭なる加齢臭!?石鹸ゴシゴシ、シャンプーごしごしで頑張っているが、どんな匂いか自分にわからないのが難である。ま、仕方ないが、女性を引き付ける匂いではない、ことは確かなので、安心してくれ!我が古女房。


<ウィンウィンの精神>

前職で、ウィルソンラーニング社(現ウィルソン・ラーニンク・゙ワールドライド社)から、ウィン・ウィンの精神に基づいた顧客との対話トレーニングを受け、その後、講師を担当したことがある。自社の営利だけを目的とした一方通行の営業スタイルでは、顧客満足は得られない。その後、現職で、キャリア・カウンセリングの実務研修を受け、流れがつかめたような気がする。最近感じることは、仕事や人生において、OJTが欠かせないと思う。社内(関連団体を含む)になければ、社外の研修に参加してもよい。自己研さんは生涯必要だ(12.9)。

<ホームページの移行>
ビスタのパソコンから、ウィンドウズ8のパソコンへホームページを移し終えました。20年前、私が住む旧山田村(現富山市)は、電脳村?と異名をとった程、パソコンブームに沸きました。パソコンリーダーなるボランティアを経験し、少なからず馴染んできたつもりですが、今般、ホームページビルダーの最新版を購入し、新たなパソコンに移行しようとするも四苦八苦でした。ソフト会社へ電話するも要領を得ず、対応した人には申し訳なく感じております。しかし、苦節?2ヶ月、ようやく移行を終え、感無量といったところです。やれば僕だってできる!(12.6)。

<コンビニの進化はいつまで続く>
富山市郊外の休耕地に、200mの間隔で相次ぎコンビニが出店した。以前は水田や畑地であり、老夫婦が耕作している姿を幾度となく目的している。しかし、休耕地になってから幾年が経ったであろうか。数ヶ月の間にあっという間に建設され、夜間も光り輝いている。コンビニはいつも車が停まっており、いかにも繁盛しているように見える。金融決済機能を備え、いずれは宅配や介護の分野にも広く進出していくだろう。すべてが便利になった世の中だと思う。朝食だって、昼食だって、夕食だって、多少のお金さえあれば、すぐに用意できる。しかし、人と人のつながりは希薄になっている感が否めない。親子であれ、夫婦であれ、きょうだいであれ、食卓を囲み、コタツを囲み、日常的に平凡な会話を交わし、暮らす、「家族の絆」は薄れていく(11.25)。